確か私が小学校4年生くらいの時のことである。
その日はよく晴れた春の日で、することもなかったので祖父母と川崎大師に出かけた。
「することがないので厄除をしに行く」という発想が狂気じみているが、とにかく川崎大師日和な日だったので、この日を逃すまいと、行ってきた。
そして、帰り際に母から一通のメールが届いた。
内容はシンプルで、帰りの時間は何時頃か、そして、おみやげをよろしく、といったものだ。
しかし、この「依頼されたおみやげ」こそが、世間知らずな我々一行を混乱に陥れることになる。
「おみやげは、駅ビルの普通軒シュークリームでいいよ!」
メールには、たしかにこう書いてあった。
読み間違いかと思い、何度か目を凝らしたものの、確かに「普通軒シュークリーム」とある。
そして、駅ビルというのは家の最寄り駅の、よく使う駅ビルを指していることは明らかであったため、実際に行って探してみることにした。
普通軒シュークリーム、を。
デパ地下を歩き回るも、そのような名前の店は見当たらない。
当然、そんな訳のわからない名前のお店はあるわけもないのだが。
デパ地下を10キロくらい歩いたのではないかというところで、諦めて近くのお店の店員さんに聞くことにした。
なぜかメールを見せながら。
「すみません、このメールなんですけど、普通軒シュークリームというお店を探していて・・・この感じだと、ここにあるってことですよね?どこですか?」
「えーっと・・・『神田精養軒』ならありますけど」
かすってもいない。
「軒」しかあっていない。
とりあえず、その店員さんのお店で何かを買って、それをおみやげということにした。
家への道は恐怖でしかなかった。
母が好きな「普通軒」を見つけられなかった。
怒られる。
おそるおそるその話をしてみたら、「普通の」と打ちたかったのに「軒(のき)」に変換された結果「普通軒」になってしまったのだという。
当然、この話をするまでその打ち間違いには気付いていなかったようで、10年以上経った今でも、シュークリームを見るたびに家族の中で語り草になっている。